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東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)100号 判決

原告 佐藤五郎

被告 特許庁長官

主文

昭和三十四年抗告審判第一三八二号事件について、特許庁が昭和三十七年五月二十九日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一双方の申立

原告は主文同旨の判決を求め、被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告請求原因

(特許庁における手続経過)

一  原告は昭和三十一年十月十九日、「長ストロークシユノーケルを有する潜水艦船」という名称の発明について特許を出願し(同年特許願第二六七二三号)、昭和三十四年六月八日拒絶査定があつたので、同月二十日これに対し抗告審判を請求したが(同年抗告審判第一三八二号)、原告の主張は容れられず、昭和三十七年五月二十九日その請求は成り立たない旨の審決があり、その審決書の謄本は同年六月九日原告に送達された。

(本願発明の要旨)

二 本願発明の要旨は、その出願当初の明細書および図面ならびにその後提出した訂正書の各記載ことに昭和三十四年六月二十日提出した訂正書の記載で明らかなように、その特許請求の範囲に記載された、

「耐圧船殼の支持部にシユノーケル装置の吸気筒をその略全長を耐圧船殼内に収納しうるように摺動自在かつ水密的に支持させるとともに、吸気筒を耐圧船殼内に収納した場合において、前記支持部の上側において吸気筒と耐圧船殼との間に接面式水密部を構成し接面式水密部をもつて深々度潜航に際しての高水圧に耐える吸気筒と耐圧船殼部との間の水密部を構成させたことを特徴とする長ストロークシユノーケルを有する潜水艦船」

にある。

(審決の内容)

三 これに対して、審決は次の通り説示する。

『原査定の拒絶理由は、「公知例として特公昭三一―七二二四号公報を挙げ、潜水艦において、シユノーケルを上下動しうるように構成したものは従来公知であり、また周知例として潜望鏡を挙げ、潜水艦において、船体から突出した筒体の突出引込みの移動量を大ならしめるために、この筒体を耐圧船殼内まで引込みうるように構成する技術思想は従来周知であるとし、本願発明はこれらの公知事実から当業者が必要に応じて容易に推考できる。」というにあり、原査定の追書において、船殼に対する筒体の水密支持に関し、接面式水密部を構成した点は単なる設計的事項にすぎないと認めている。

抗告審判請求人は、請求書において、原査定の拒絶理由の公知例および周知例は、(1)シユノーケルを伸縮しうるものではあるが、このシユノーケルは耐圧船殼を貫通するものでない。(2)従来周知の潜望鏡は船体から突出した筒体の突出引込の移動量を大ならしめる目的の技術思想のものではない。また原査定の追書に対し、(2)船殼に対する筒体の水密支持に関し、接面式水密部を構成した点を単なる設計的事項と認定したことに対する客観的根拠を示していないと述べ、本願発明は旧特許法第一条の特許要件を具備するものである旨主張している。

そこで本願の発明の要旨について審理するに本願発明のように耐圧船殼の支持部にシユノーケル装置の吸気筒の略全長を耐圧船殼内に収納しうるように摺動自在にすることは、たとえ請求人が上記(1)および(2)に述べているような意見があつたとしても、原査定の拒絶理由に述べられている通り、シユノーケルを上下動できるように構成すること、潜水艦に設けた筒体を耐圧船殼内まで引込移動できるように構成することの技術思想が従来一般に知られている以上、これらの公知事実から必要に応じて当業者の容易になしうる程度のことであり、また吸気筒を耐圧船殼内に収納した場合、吸気筒と耐圧船殼との間に高水圧に耐える接面式水密部を構成することは、一般に機械装置において水密性を保持するため接面式水密部を設計することが、とくに公知例を示すまでもなく、きわめて普通に知られている技術であるから、原査定の追書において単なる設計的事項であると認定したことは妥当であつて、この点には発明を認められず、上記請求人主張(3)の点は理由がないものと認める。

したがつて、本願の発明は原査定の拒絶理由に示された公知事項から当事者が必要に応じて容易に推考できるものと認められるから、旧特許法第一条の発明を構成しないもので、同法同条の特許要件を具備しないものと認める。』

というのである。

(審決取消を求める理由)

四 本件審決は、次の理由により違法であつて取消を免れない。

(一)  シユノーケル吸気筒の略全長を耐圧船殼内に引込む点について、

引例記載のものはシユノーケル吸気筒は上下伸縮はするが、縮少したときでも艦体上面に突出しているものであつて、その略全長を耐圧船殼内に収納するものではない。すなわち、シユノーケル吸気内筒は艦体上に立設された吸気外筒内に望遠鏡式に嵌装させられるのであつて、内筒が最大限に収納されたときでも外筒は依然として艦体上面に突設されているのである。また潜望鏡は、本来耐圧船殼内にある人間が眼で見るためのものであつて、初めから耐圧船殼を通過しており、使用のとき、できるだけ伸すために伸縮できるようにしたもので、内にあつたものを外に伸ばし、進歩改良させたとの感じのものである。しかも後記のように殆んど一本棒のようなものであるから、それも割合に簡単にできたが、シユノーケルの場合は外に出ていたものを引込めた感じのもので、最初は伸縮せずマストのように出つぱなしであつたが、その後前記の引例のように耐圧船殼外で伸縮をするようになり、今度本発明で耐圧船殼内まで引込むという世界で初めての発明にまで進歩したものである。右の意味で同じく耐圧船殼内まで引込むといつても、その進歩のしかたは逆であつて、そこには両者の使用上と性質上から来る本質的差異があるのである。元来シユノーケル吸気筒は潜水艦船の内燃機関の吸気および耐圧船殼内部の換気通風を計るためのものであり、その直径も極めて大きい中空筒であつて、後述のように、その強度、水密の点から耐圧船殼を通貫させることは危険とされ、夢にも思われなかつたし、また従前の潜水艦は非常に高い司令塔を有していたから、耐圧船殼を通貫させるほどの長ストロークとする必要もなかつたものである。そして潜水艦船は潜航中船殼外から水圧を受けるもので、十メートル潜水するごとに耐圧船殼に一気圧の圧力が加わるものであるから、耐圧船殼に貫通部を設けることを極端に手嫌いするのが設計常識であつて、耐圧船殼における乗員出入口の如きも厳重なハツチを設けているのである。したがつて、引用例のものも耐圧船殼外において折畳むようにしたものである。したがつて、本願発明においてシユノーケル吸気筒を耐圧船殼を貰通して引込みうるようにしたことは引用例及び潜望鏡の技術思想においてはまつたく存在しないばかりか、その技術思想からはとても推考できないところである。

本願発明においてシユノーケル吸気筒を耐圧船殼に摺動自在に貫通しそのほぼ全長を耐圧船殼内へ収納させることが可能になつたのは、前記の通り、「シユノーケル吸気筒と耐圧船殼との間に接面式水密部を構成し、接面式水密部をもつて深々度潜航に際しての高水圧に耐える吸気筒と耐水船殼部との間の水密部を構成させた」技術思想に基くのであつて、この技術思想によつて従来不可能と思われた「シユノーケル吸気筒の耐圧船殼内への摺動収納」が可能となつたのであつて、この意味においても本願発明は公知事項からは期待できない大なる進歩性ある発明である。

本願発明において、シユノーケルを耐圧船殼内まで引込める理由は、第一には、このために高くなつている司令塔の抵抗の軽減であり、第二には高い司令塔の存在によつて抵抗の不斉のため運動の変化に対し、流水力の悪影響を来し、艦船が不安定になる等の欠点をなくそうとするところにある。

(二)  潜望鏡を援用した点について

審決は、「潜水艦に設けた筒体を耐圧船殼内まで引込移動できるように構成することの技術思想が従来一般に知られている以上」といつているが、この文章は、同じ審決の前の方の部分の拒絶査定の理由についての説明の部分における潜望鏡についての記載からみて、右にいう「耐圧船殼内まで引込移動できる」とする筒体は潜望鏡を指しているものと解せられ、本願発明におけるシユノーケル吸気筒と潜望鏡とを、ともに筒体である点に着目して同一視していることは明白である。

しかし潜望鏡はその外部を構成する筒体は空気を流通させるものではなく、また、その内腔部には温度や水分を極端に嫌う光学系の装置等が填充されそれ自体水密なものでちようど一本の棒のようなものであるうえ、外部筒体の直径はシユノーケル吸気筒と比較にならないほど細いものであつて、しかもその強度あるいは外部筒体の剛性は、右筒体が曲ることによつて内装する光学系に視野の湾曲などの悪影響を与えないようにするため、きわめて高く、潜望鏡を露項して潜航進行しても外部筒体に湾曲を生じないていどにきわめて高いものである。したがつて、潜望鏡と耐圧船殼との間の水密は機械設計上きわめて楽に処理できるものである。

これに対しシユノーケル吸気筒は潜水艦船推進原動機としてのデイーゼル等内燃機関の吸気および耐圧船殼内部の換気通風を計るための直径のきわめて大きい中空筒であり、ことに内燃機関がデイーゼル発動機である場合にはその大量の吸気をまかなうために、シユノーケル吸気筒の内径および外径は潜望鏡のそれに比較してきわめて大きい筒体である。

したがつて、シユノーケル航行時においてシユノーケル吸気筒の受ける抵抗は潜望鏡の受ける抵抗よりもきわめて大になるから(速度の二乗と投影正面面積を乗じたものに比例する。)、シユノーケル吸気筒は当然右の抵抗によつて曲げの応力を受ける。しかし吸気筒は潜望鏡とは異なり、折曲破損しない限り通風路を形成する本来の目的、作用を達するものであるから、強度剛性度は潜望鏡のそれに比べて、いちじるしく小である。

このようなシユノーケル吸気筒を耐圧船殼内に完全に引込めて深々度潜航をしようとする場合、シユノーケル吸気筒と耐圧船殼との間の水密保持は潜望鏡のそれと比べて機械設計上比較できないほど困難な事項である。従つて審決が本願発明の、吸気筒のほぼ全長を耐圧船殼内に収納自在且つ水密的に支持させる技術思想を、潜望鏡の公知事実と同一視して、容易になし得るところとしたことは失当も甚だしいものとしなければならない。

(三)  接面式水密部の構成について

本件審決は、吸気筒と耐圧船殼との間に高水圧に耐える接面式水密部を構成することが、一般の機械装置の設計で公知例を示すまでもなくきわめて普通に行われている技術であるから、単なる設計変更であるとしているが、一般産業機械装置における水密と潜水艦船の耐圧船殼貫通部の水密とはその性格および直接の目的がまつたく相違し、とくに造艦技術の観点からすれば、潜水艦船の水密は乗員の生命に直接影響するものだけに、本願発明の接面式水密部はシユノーケル装置の開閉装置と密接な関連性があつて特異かつ新規な作用効果がある。

本願発明はシユノーケル装置の吸気筒の耐圧船殼貫通部の水密部の構成を発明したものである。すなわち、シユノーケル装置の吸気筒は中空の筒であつてその先端から水面上の空気を大量に潜水艦船の耐圧船殼内に吸入しようとするものである。シユノーケル吸気筒を耐圧船殼内に収納するには当然吸気筒上端部の開口を閉じなければならない。したがつて吸気筒頭部には必ずシリンダー、シヤフトおよび蓋などからなる開閉装置を有している。そしてこの開閉装置は、通常蓋が吸気筒上端で摺動して吸気筒開口を開閉するようになつているため、蓋の水密パツキング保持の必要上開閉装置はシユノーケル吸気筒より幅の広いもの換言すれば吸気筒外周に突出しているものである。

本件発明の接面式水密部は、この開閉装置の突出部を利用して形成したものであつて、シユノーケル装置の吸気筒であるがために、接面式水密部も何ら特別の装置を設けないで容易に形成され、しかも深々度潜航にあたつて吸気筒の耐圧船殼貫通部の困難な水密保持を周囲の高水圧に抗して完全ならしめる特徴を有する。すなわち、本願発明の接面式水密部はシケノーケル装置の構成ときわめて有機的な関連を有し、一方では吸気筒頭部の開閉装置と、一方では耐圧船殼の支持部との間で接面式水密部を構成し、支持部と吸気筒の摺動面において周囲の高水圧から遮断するものである。

従前の造船工学の常識では、シユノーケル吸気筒を潜水艦船の耐圧船殼内に収納することは全く考えられなかつた。すなわち、シユノーケル吸気筒の耐圧船殼に対する摺動部分の水密の問題であつて、この摺動部分から耐圧船殼内へ水が漏洩することを恐れていたのであるが、本願発明は、単にシユノーケル吸気筒を耐圧船殼に摺動自在にしたのみでなく、接面式水密部を構成することによつて前記の不安を解消したものである。

シユノーケル吸気筒を用いて水面上の空気を吸入しながら潜航できる程度の深度における水圧では、シユノーケル吸気筒を対圧船殼内に、摺動自在かつ水密的に支持しながら収納することは、本願発明の出願時における造船技術をもつてすれば充分達成できるであろう。

また被告は接面式水密部は引例においてもすでに採用されていると主張するが、引例のものにおける水密部は、シユノーケル吸気内筒の頭部とこの頭部上に位置する給気入口弁との間に設けられており、本願発明においてもこれと同等のものは、シユノーケル吸気筒の頂部と蓋との間に設けられている。

本願発明の要旨とする点においていう接面式水密部とは、特許請求の範囲に明瞭に記載しているように「耐圧船殼の支持部の上側において吸気筒と耐圧船殼との間に構成し、深々度潜航に際して高水圧に耐える吸気筒と耐圧船殼部との間の水密部を構成するもの」であり、かかる接面式水密部に相当するものは引用例には全く存在しない。

本願発明の接面式水密部は、吸気筒と耐圧船殼との間に設けたことに特徴があり、これがために、シユノーケル吸気筒を耐圧船殼に摺動的に貫通せしめても、潜水艦の深々度潜航にあたつての艦外の高水圧に耐えて、その摺動貫通部より外水を耐圧船殼内に漏洩させないで艦の抵抗を減ずるという潜水艦本来の使命とシユノーケル吸気筒の耐圧船殼内への引込の技術思想との結合から来る大きな作用効果を生ぜしめ得るのである。従つて一般の機械装置における水密性の要求とはその要求の程度に顕著な差異があり、一般機械装置の水密保持における水密の技枝思想を引用する価値は全くないものである。

第三被告の答弁

一  原告請求原因第一から第三項記載の事実は争わない。その余の主張は争う。

二  すでに審決において明らかにしたように、シユノーケル吸気筒を上下動できるように構成すること、潜水艦に設けた筒体を耐圧船殼内まで引込移動できるようにし、かつ水密装置を設けることの技術思想が、従来一般に知られている以上、本願発明は、この公知事実から必要に応じて当業者が容易になしうる程度のことであるから、原告の主張は理由がない。

なお、本願発明の出願当初の明細書の特許請求の範囲に「シユノーケルの吸気筒を耐圧船殼内まで引込むようにした長ストロークシユノーケル」と記載したのに対し、特許庁審査官から、潜水船においてシユノーケル給気筒を船体内へ引込みうるようにした点について英国特許第一二八二九二号明細書(乙第三号証)(大正十四年十一月二十七日特許庁陳列館受入)に基く拒絶理由の通知があつたところ、原告は右の特許請求の範囲に「摺動自在かつ水密的に支持せしめる」という一般機械技術はもちろん船舶技術でも常識的な事項を付加したところからみても、「シユノーケル吸気筒を耐圧船殼内まで引込むようにした点」には何らの特徴効果のないことを原告自ら認めているのであつて、この点には当然発明としての要件を具備しないことは明らかである。また、原告は潜望鏡とシユノーケル吸気筒の相違点を主張するが、本願発明においては、シユノーケル吸気筒を耐圧船殼に対して摺動自在とするため格別特殊な装置を用いておらず、潜望鏡の摺動部(たとえば乙第二号証)と比較しても大差なく、単に従来周知の接面式水密部(引用例である乙第一号証にも、その第四図中、空気入口弁と内筒上端取入筒の接触部に接面式水密装置が設けられている。)の構成を付加した程度であるから、シユノーケル吸気筒を耐圧船殼に対して摺動自在にすることは潜望鏡の場合と比較して技術的に困難であるとは認められない。

原告は、本願発明の接面式水密部についていろいろ説明しているが、明細書および図面に記載してある接面式水密部は、格別特徴のある水密装置とは認められない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  本願発明の出願から抗告審判の審決までの特許庁における手続経過、本願発明の要旨および本件審決の内容に関する原告請求原因第一から第三項記載の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで以下本件審決に示された判断の当否についてみる。

(一)  本件審決によれば、シユノーケル吸気筒を上下動できるように構成することがすでに公知に属することをもつて、本願発明の出願についてこれを拒絶するのを相当とする理由の一つに挙げ、その一例として特公昭三一―七二二四号(乙第一号証)を示しているところ、その成立に争いのない乙第一号証に記載されたところには、シユノーケル吸気筒を上下動できるよう構成されている例がみられるけれども、このシユノーケル吸気筒は耐圧船殼外において上下動するだけであつて、耐圧船殼を貫通してその内部にまで引込み移動させるようになつているものではないことは同号証の記載に徴して明らかである。

そこで本願発明において示されている、耐圧船殼を貫通することの意味についてみるに、耐圧船殼は潜水艦船が水中深く潜航するために、高水圧に耐えうるよう作られているものであること、したがつて、その耐圧船殼の開口部はその数においても、さらにその面積においても少ない方が望ましいことであるし、ましてその船殼を貫通して上下動するような構成はできるだけ避けるようにすることも当然である。

従つて本件審決において挙げられた引例(乙第一号証)からは、耐圧船殼を貫通して上下動できるシユノーケル吸気筒が容易に推考することができるものということはできない。なお、被告は出願から審査の手続の経過において、原告から提出された訂正書の記載内容から、「シユノーケル吸気筒を耐圧船殼内まで引込むようにした点」には発明が認められないものであり、これは原告の自認するところである旨主張するけれども、審査の段階においてそのような訂正がされたという事実から、直ちに、本願発明の技術内容に発明としての要件を具備しないところがある旨自認したということはできない。

(二)  被告は、耐圧船殼を貫通して上下動する筒体の例として潜望鏡の例を挙げる。そこでシユノーケル吸気筒と潜望鏡とを比較してみると、

(1)  潜望鏡は耐圧船殼内にいる人間がこれを通して耐圧船殼外の物体を見ようとするものであるから、その両端が耐圧船殼の内外になければならないから、その本来の使用目的からみても、耐圧船殼を貫通するものでなければならないし、その構造上耐圧船殼を貫通してこれを上下動することが可能であるし(後述)、また望ましいところといえる。

これに反し、シユノーケル吸気筒は、その使用目的はその先端から水面上の空気を大量に潜水艦船の耐圧船殼内に取入れようとするものであるから、耐圧船殼自体に空気の取入口があれば足り、必ずしもこれを貫通しなければ目的を達しえないものではないから、特段の必要のない限り、耐圧船殼を貫通することは考えなくてもよい。

(2)  潜望鏡は外界の物体をレンズその他の光学系機器を通して船殼内の人間の視力に捉えようとするものであるから、光学機器一般の性質として湿気すなわち水分を嫌うことは明らかであつて、しかも潜望鏡は水中航行中に使用されるものである以上、潜望鏡自体はつねに水密になつていなければならない。

これに反し、シユノーケル吸気筒は、外界から空気を取入れるために中空筒になつており、空気取入れの時以外は必ずしも水密であることを要しないから、シユノーケル吸気筒自体を必らず水密にしなければならない要請はない。

したがつて、潜望鏡を耐圧船殼を貫通して上下動させる場合には、潜望鏡と耐圧船殼との間を水密にするよう構成すれば足りるのに対し、シユノーケル吸気筒を耐圧船殼を貫通して上下動させようとすれば、シユノーケル吸気筒の中空部をも水密とするよう構成しなければならない。

(3)  また、潜望鏡は光学系機器であることの性質上、この筒体自体は少しでも曲げがあつては、視界にゆがみを生じ、場合によつては視界を妨げられ、その効能を発揮することができないものであるから、潜望鏡はこれを使用したまま潜航するときの流水力に対抗しわずかな曲げも生じないだけの強度剛性を必要とする。

これに反し、シユノーケル吸気筒は空気の取入れの効果を妨げない限り、多少の曲げが生じても、シユノーケル吸気筒を使用したまま潜航するときに受ける流水力に対抗しえさえすればよいのでる。

このように同じ筒体とはいいながら、その強度に違いがあるから、同じように耐圧船殼を貫通して上下動しようとする以上、強度の高い潜望鏡の方が水密に構成することは容易であるといえる。

(4)  また、潜望鏡は光学系機器を内蔵しているにすぎないから、その径も小さくてすむのに対し、シユノーケル吸気筒は必要とする空気を取入れるためのものであるから、その径も潜望鏡に比べると大きいのである。

このように筒体の径の大小もまた耐圧船殼を貫通させるための構成には自から相違があり、径の小さいものの方が容易である。

以上のような各相違点からみれば、潜望鏡においてその摺動部と耐圧船殼との間を水密になるよう構成することが公知であるからといつて、直ちにこれをシユノーケル吸気筒に応用することが当業者の容易になし得る程度のものともいうことはできないであろう。

(三)  そこで本願発明についてみるに、その成立に争のない甲第一から第七号証および同第九から第十一号証の各記載によれば、本願発明は、シユノーケル吸気筒を耐圧船殼を貫通して上下動させることが以上のような難点があるにもかかわらず、その技術的難点を接面式水密部を構成することによつて回避し、これによつて潜水艦船の深々度潜航における高水圧に対抗しうる構成を案出したものということができる。

そして、このようにシユノーケル吸気筒をも耐圧船殼を貫通して上下動しうるよう構成することによつて、従来この種艦船に設けられていた司令塔をできるだけ小さくし、ひいては、司令塔による抵抗の増大を解消し、また抵抗の不斉、流水力の悪影響をできるだけ少なからしめようとしたものであることが認められる。

もつとも一般産業機器において接面式水密装置が用いられている例が少なくないことは原告の主張自体からも窺いうるところではあるけれども、これを前記のような技術思想のもとに、シユノーケル吸気筒について採用することが直ちに何らの発明力をも要しないとはいえず、また被告主張の引用例のものにおける接面式水密部は原告主張の通りのものであつて、吸気筒と耐圧船殼との間に設けられ、深々度潜航に際して高水圧に耐える吸気筒と耐圧船殼部との間の水密部を構成する本願発明のものと、これを同日に論ずべき性質のものではない。

以上の各点を綜合すれば、原告の本願発明について、本件審決がその挙示のような理由をもつてこれを拒絶するのを相当とする旨判断したことは、その当を得ないところといわなければならない。

三  結局、本件審決の取消を求める原告の請求は、正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条および民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 山下朝一 多田貞治 田倉整)

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